はちみつ草野の旅

issue_01

僕のはちみつを追って

〈前編〉

はちみつ草野の旅

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僕のはちみつを追って

〈前編〉

はちみつ草野の商品がリニュアルしてから約5年が経ちました。想いを込めた商品は、どんな風に使われるのだろう。お客様からのお問い合わせやいただいた様々なメッセージから、生産者と実際食べてくださる人との間には、見えないシーンがたくさんあることに気づき、日頃からはちみつを愛用してくださっている方々に直接お話をうかがいに、自身のはちみつを追いかけて、旅に出ることにしました。 僕のはちみつの先には、僕の知らない未来がありました。

第一回目は、
ブランドリニューアル当初の出会いから、
ずっとお世話になっている
ソムリエの外山博之さんに会いに
京都へ来ました。

京都は伝統と革新の古都でありながら自然が近い

京都は伝統と革新の古都でありながら自然が近い

外山さんは、2012年に東京・代々木上原Gris(グリ)[現:sio]のマネージャーとして、コース料理に合わせたドリンクペアリングの名手として活躍し、鳥羽周作シェフの右腕としてならした実力派ソムリエです。その後、東京・深大寺の薪火料理店Maruta(マルタ)を経て、2019年より京都LURRA°(ルーラ)に参画。そのドリンククリエイションは、アルコール、ノンアルコールを問わず、タブーを知らない圧倒的斬新さ。ノンアルコールドリンクとペアリングの世界に旋風を巻き起こし続けています。

店名の「LURRA」(ルーラ)はバスク語で地球を意味する。「°」はその周りを回る月であり、そして唯一無二のLURRA°という座標を表しているそう

店名の「LURRA」(ルーラ)はバスク語で地球を意味する。「°」はその周りを回る月であり、そして唯一無二のLURRA°という座標を表しているそう

山桜のはちみつから生まれた、
伝説のデザートプレート

外山さんと私たち「はちみつ草野」との出会いは、2016年、代々木上原のGrisにおられた頃。新潟の三条市にある三条スパイス研究所の監修者である、スパイスカフェの伊藤一城シェフがつないでくれたご縁でした。

外山さんのクリエイティブなノンアルコールドリンク、独創的なペアリングスタイルは、多くのファンを魅了している

外山さんのクリエイティブなノンアルコールドリンク、独創的なペアリングスタイルは、多くのファンを魅了している

外山ちょうどその頃、いろいろはちみつを試していたんですが、ピンとくるものになかなか出会えなくて。そんなとき、草野さんのはちみつを頂いて、「じゃあ」ということで試してみたら、「なんだこのおいしさは。こんなことってあるの?」と。あまりのおいしさに、僕たちももうびっくりしちゃって。何種類かいただいた中で鳥羽シェフがインスピレーションを受けたのが、山桜のはちみつでした。これがとにかくすごい。で、その山桜に合わせたチーズを使って、はちみつのデザートプレートをお出ししました。それが最初でしたね。

何がそんなに違ったのでしょうか。

外山

いや、もう香りが全然。
とにかくこういうはちみつに出会ったのが初めてでした。
いろいろ試させていただいて、まず何より驚いたのが、
単一の花から収穫するはちみつだということです。
それぞれの特性がこんなにあるのかと。
山桜、藤、アカシア。
それまで、単花蜜というものを
ここまで意識出来るものがなかったのかも。

「はちみつ草野」のはちみつがミツバチのよう人と場所をつないでいく

「はちみつ草野」のはちみつがミツバチのように人と場所をつないでいく

草野そうですね、単花蜜はやはり収穫が難しく、多くはとれません。とくに山桜。新潟で春になると一番最初にとれるはちみつになるので、ゴールデンウィークが寒い年などにあたると、なかなかとれません。四年ほど前にはまったくとれなかった年もありました。

収穫量が少なく貴重な山桜のはちみつ。Grisでデザートプレートに合わせるベアリングドリンクにもお使いいただいていたこともあって一気に評判になり、そのおかげでますます人気が高まり、その年のぶんがあっというまに売り切れて、幻の味となってしまったこともありました。

アカシアはちみつとシャルドネが
共通する香り成分をもっていた?

外山さんは、当時から、アカシアはちみつをとりわけ好んでお使いくださっているそうですね。すっきりした味わいが特徴のアカシアはちみつ。使っていて、どんな魅力を感じられますか?

「レストランで気に入ってくださったお客様にご紹介すると、その場で購入される方もおられます」と外山さん

「レストランで気に入ってくださったお客様にご紹介すると、その場で購入される方もおられます」と外山さん

外山

やはり香りの特徴ですね。
調べてみて分かったんですが、
このアカシアの香り成分というのが、
たとえばブルゴーニュのシャルドネの美味しいと感じる
甘い香りや樽の香りと同じ成分をもっていたんです。

草野えっ。それは初めて知りました。

外山驚きますよね。でもそうなんです。僕が当時Grisでやっていたのは、料理に合わせたお酒を選び、その構成要素だけを取りだしたノンアルコールドリンクを作ることでした。アルコールを飲める人も、飲めない人も、同じように楽しめるドリンクメニューをご提供したい。その中で、そうしたアカシア特有の香りを生かして、僕はこのアカシアはちみつをいろいろなドリンクに使わせていただいていました。

ワインを飲んでいるのと同じ感覚でノンアルコールを頼めるという楽しみ方が衝撃でした。

外山当時はノンアルコールドリンクという概念がまだほとんどなかったので、お酒でなければジュースでしたよね。でも甘いドリンクは料理に合いません。そこで、ノンアルコールドリンクのクリエイションに向かうわけですが、その時に、ワインやアルコールドリンクがもつ香りや旨味の構成要素って、他の自然界のもので探そうとしても、なかなか無いものなんです。いろいろ探すなかで、実はほかのはちみつも試しました。でも最初に外しました。それは、はちみつ味になってしまうからです(笑)。

ほしいのは甘みではなく、
旨味と香り

外山さんのドリンクは、はちみつを使っていても、いわゆる“はちみつ味”になっていないことにも驚きました。どういう使い方をされているのですか?

外山甘みではなく、旨味と香りを増すために使っているからでしょうね。季節や食材により日々変化していくシェフの料理に、ぴったり合わせた味わいにしたい。必要なのは、この酸味、この風味といった具合に……。そうしたシチュエーションのときに必要なのが、このアカシアはちみつなんです。こういう素晴らしい素材があれば、ノンアルコールドリンクもペアリングも、可能性の伸びしろはまだまだあります。

「アカシアはちみつは主素材や料理が主役。山桜や藤ははちみつだけで主役になりうる」と外山さん。単花蜜ならではの魅力といえる

「アカシアはちみつは主素材や料理が主役。山桜や藤ははちみつだけで主役になりうる」と外山さん。単花蜜ならではの魅力といえる

料理と飲み物の間をつなぐためのはちみつなのですね。

外山

ええ。甘さを足したいわけではなくて。
ほしいのは、旨味と香り。
そうなったときに、僕はやっぱり
これ(アカシアのはちみつ)が一番。
もっとも、結局は用途次第だと思います。
アカシアは主素材や料理の脇役として力を発揮してくれる。
山桜や藤は、それだけで主役になりうる。
はちみつの種類によって楽しみ方が
いろいろあるのが面白いところですよね。

甘みではなく、旨味と香りなんですね。

外山そうです。だから他のものでは代用できない。ドリンクで考えると甘みを入れることは難しくありません。いくらでも方法があります。ですが、旨みや風味を加えることはすごく難しいんです。このはちみつはその困難だった旨味や風味を加えることを可能にしてくれます。たとえば、塩発酵させたレモンなどに藤や山桜のはちみつを入れてソーダで割れば、もう絶対美味しいじゃないですか。

想像しただけで美味しそうです。

外山藤も山桜も、それぞれの香りの成分が何の食材と合うかを考えたりしても、よりいろいろ使い方が広がりそうです。

草野はちみつの使い方の新しさとして、そんなふうに使えると教えていただき感動しています。

はちみつを発酵させるという
新たな挑戦

そしていよいよ、ここLURRA°へ。京都・東山に2019年7月にオープン。オーナーは、シェフのジェイカブ・キアーさん、ゼネラルマネージャーの宮下拓己さん、ミクソロジストの堺部雄介さんの3人。世界の各地でそれぞれのキャリアを磨き、「京都から世界に発信したい」と立ち上げた食のクリエイティブユニットです。メニューはディナーコースのみ。料理10皿にペアリングドリンク(アルコールorノンアルコール)がつくのが特徴で、外山さんはドリンクプロデューサーとして参画されています。

外山LURRA°では、「発酵」ということに関して、本当に日々目からウロコな体験が続いています。たとえばこれは(と手元の瓶を示す)発酵させたアカシアはちみつなんですが、何をしたかというと、ただ10%の水を入れただけなんです。そうすると、これが発酵してくる。発酵すると、バラのような香りが出てきます。薔薇というか、桃というか……。

草野酸味のような?

外山そうですね、酸味も入ります。

ミード(はちみつ酒、はちみつを原料とする醸造酒)ができるということですか?

外山この水分量ではお酒にはなりません。10%のお水だと、お酒になることはありません。ゆっくり発酵が進みます。僕は今これを用途によってさまざまに使い分けています。軽くしたい時はこっち、より繊細にしたい時はこっち、大幅に味わいの構成を動かしたい時はこっち、というように発酵の度合いを選んで使ったりとか。シェフ達もこういう風にして、例えばデザートに使う、発酵させたジュースに使うというように使い分けています。

外山さんは、LURRA°以前にこうしたはちみつの発酵のご経験は?

外山私たちも驚きました。はちみつの使い方として新しいというか、予想外というか、盲点でしたので。

私たちも驚きました。はちみつの使い方として新しいというか、予想外というか、盲点でしたので。

草野

完全に予想外でした。
養蜂業界の感覚では、発酵というのはまずタブーです。
僕たちは発酵させないように収穫することに
細心の注意を払っています。だから、養蜂業の中には、
発酵という技は基本的に絶対に出てこないんです。
でも発酵の先がミード(はちみつ酒)だとすれば、
やっぱりずっとどこかで気にはなっていたんです。
「いつかはいつかは…」とずっと思っていたところに、
外山さんのお話をうかがって、
ああ、なるほどと感銘を受けました。

「はちみつ草野」のはちみつは
発酵しやすい

発酵はどこで?

外山今はセラーに置いてます。18℃帯ですね。水のパーセンテージもいろいろ試しました。6%、8%、10%と試して、今のところ10%が一番使いやすいですね。

店の2階にセラーがある。18℃帯の安定した環境は食料品貯蔵にも発酵にも適している

店の2階にセラーがある。18℃帯の安定した環境は食料品貯蔵にも発酵にも適している

科学の実験みたいですね(笑)。

外山ですね(笑)。それで、はちみつで発酵、となったときに、非加熱のはちみつを探すんですが、これがなかなかなくて。

そうですよね。発酵には酵素が必要ですが、酵素は加熱によって失われるため、発酵させるには非加熱のはちみつが必要です。けれど、日本国内に流通するはちみつのうち、国産の非加熱はちみつは3%ほどしかないそうですから。

外山

それに、同じ非加熱と言っても、
他のはちみつではこうはいかなかったです。
他のものでも試しましたが、雑味が強かったりして。

「はちみつ草野」のはちみつの特徴のひとつに生酵素が高いことがあることを考えると、発酵という使い方には、とても可能性を感じます。

外山発酵しやすいんですよね。

草野鮮度とか加熱か非加熱かとか、そういった理由から発酵のしやすさは全然変わってきますので。そういう意味では、うちのはちみつは発酵しやすいと思います。

そして、インタビュー後に再度来店し、念願だった、LURRA°さんのディナーをいただきました。
もちろん外山さんの監修されているペアリングと共に。